6.遺伝子の記憶 (2)


「今から話すことは、実は死んだ祖母が残したディスクに記録されてたことなんだ。私も最近、知ったばかりなんだけどね。」涼は、そう前置きをしてから話し始めた。

「かつて、アメリカのとあるところに、ちょっと偏った優生思想を持つ科学者がいてね。ソイツは『新世界創造!』とか言っちゃって、ラボの精子・卵子バンクに『IQ180以上の優良遺伝子』を隠し持ってたの。なんでも、それを使って密かに遺伝子操作を行ったらしいのよね。まあ、こういうことは水面下では珍しいことではなかったようだけどね。」

加藤と山本は、いきなり難しいに話なったので、目を白黒させた。涼は構わず続けた。

「彼のやったことは、Genetic Enhancement(ジェネティック・エンハンスメント)――生まれれば知能も運動神経も間違いなく抜きん出て発達している上に、目や肌、髪の色にいたっても、お好みでチョイスして、希望通り、お約束通りの人間を作るってわけ。」

二人は言葉もなく、涼を見つめていた。

「彼好みに設計された受精卵は10数個あって、そのうちの1つを除いて、すべて人工子宮に移されたの。その中から、まともに生まれたのは6人。更に問題なく育ったのは、わずか3人だけだった。3人のうちの1人は、データ上、最も状態のよかった受精卵だったんだけど、それだけは何故か人工子宮ではなく、初めからヒトの子宮で育てられてね。私の母が、その受精卵で、私を3歳まで育ててくれた祖母が代理母だったってわけ。」
「なんだって?じゃあ……。」山本は思わず大声を出した。
「そう。祖母と母との間には血縁関係はないの。もちろん私ともね。母と私の知能や運動神経が抜きん出て発達してるのも、名前はコテコテの日本人なのに、髪の色や目の色がアジア系と違うのも、そのせいなんだよね。それに私の父もブロンドの髪にグリーンの目だったから――」
「早い話が、両親とも金髪で緑の目だったってことだな?」

加藤は、そこだけは理解できたぞ――と言いたげに、なんとか会話に参加した。

「でも、遺伝子操作ってのは犯罪だろう?」山本が聞いた。
「や、山本!置いて行くなよ。な、なんか……よくわかんないぞ、俺。」加藤が呻いた。
「21世紀には遺伝子操作を行って、ヒトの優良種を作ることが実質可能だったっていうのは知ってるよね?」

山本が頷くのを見て加藤は仕方なく頷く。

「そうなると優生学的な問題が新たに発生して、優良遺伝子の売買や遺伝子操作の技術ないし優良種化された人間が商品化されることは目に見えていたから、研究者達は糾弾され、世界的に大きな倫理問題になった。間もなく各国で厳しい法律が制定されたり研究者達が国家の管理下に置かれたりして、ヒトの優良種を生み出す遺伝子操作は一部の医療目的を除いて表向き全世界で全面禁止されたの。」涼は真っ直ぐに加藤を見つめた。加藤はうろたえ、代わりに山本が頷いた。

「今現在でも厳しい管理がなされてるとは聞いてるけど。でも、なんだって君のおばあさんは犯罪の片棒を担ぐような真似を?」

金魚のように口をパクパクしている加藤を無視して山本が聞いた。

「答えはカンタン。祖母は、ソイツの助手で恋仲だったから。」

山本は黙って頷いた。

「祖母は、ひどく内向的な性格だったらしいから。危険な思想を持っていても彼が彼女に唯一やさしかったらしいんだ。誰からも相手にされない、愛されない――と思い込んでいる人間が自分を認めてくれるヒトと出会って、のめり込んでくっていう、よくある話だよ。
だけどね。イカレたカレシは生まれた子供の脳まで、いじくり回そうとしたんで、いくら愛する恋人のすることとはいえ、さすがの祖母も良心の呵責に苛まれたんだろうね。然るべき機関に密告した上に、危険だと思われるカレシの研究データ、主にヒトのトランス・ジェニックについての研究だったみたいだけど、それを全てを抹消してしまった。それに気付いて怒り狂った彼氏は自分を裏切った女を殺そうとした。でも、もののはずみで彼女の方がカレシを殺っちゃったのよね。」

加藤と山本は無言のまま、唾をゴクリと呑み込んた。

「事件後、祖母の身柄は地方の警察から政府に引き渡されたの。」
「どういうことだ?」怪訝な面持ちで山本が尋ねる。
「政府内部に彼の持ってたデータの一部を欲しがってたのがいたらしいよ。それで隠そうとしたんじゃないかな?3人の子供も一旦、政府が引き取り、協議した結果、1人を祖母に託し、残る2人は政府の息がかかった科学者を里親として育てさせたらしい。」
「ちょ、ちょっと待てよ。遺伝子操作は犯罪だろ?手を貸した君のおばあさんだって罪を問われるはずじゃあ……。それに人ひとりを殺めている……。」山本が身を乗り出して聞いた。

「政府から交換条件を出されたそうだよ。カレシとのことは正当防衛だったことも考慮して祖母は無罪放免、子供は彼女の養子として認めてやる代わりに定期的にデータを取るように――とね。それからの祖母はね。死ぬまで、ひっそりと生きてきたの。」

山本は加藤を見やった。加藤は目を閉じ、腕組みをして難しい顔をしている。

「狂信的な優生思想を持つ、ある科学者が、密かに優良遺伝子を集め、代理母を雇って子供を生ませ、実験に利用することを計画していた。これを知った助手の女性が未然に防ごうと警察に密告したが、科学者は、その行為に逆上し、助手を殺害しようとした。が、抵抗され、逆に自分が命を落とすはめになった。尚、助手の正当防衛は認められている――ほぼ、こんな内容で当時のニュースや新聞で公式に発表されてる。」

「情報も操作されたのか。」山本は眉をひそめて言った。

「関与してた政府内部の何処かの機関がねじ込んできたんでしょう、きっと。とりあえず3人の子供達は、せっかく生まれた貴重なサンプルには違いないからね。科学者なら……政治家や軍もかなァ……そういうデータは喉から手が出るほど欲しいもんなんじゃない?ま、どんな世界にもダークサイドってのはあるもんなんじゃないのかな?」

「――にしても、すごすぎるぜ……。」山本は吐き捨てるように言った。
「でも、こんなの氷山の一角なんじゃない?母のように作られた人間なんて、他にも、ゴロゴロいるはずだよ、きっと。ちゃんとした政治家を選んどかないと、ヒトの優良種化を計画・実行される日が来ちゃうかもね。」
「でもそうなったら今度は優良種間で優劣をつけ始めるんじゃないのかい?」山本は溜息混じりに言った。
「そうでしょうね。でも今はそれどころじゃないからね。地球人類滅亡の危機にあって、そんなことやってらんないもん。」涼は、そこでようやく笑顔を見せた。
「俺達の知らないところで現実にそういうことが起こっているんだなあ。なんだか夢を見てるみたいだよ。」山本は溜息をついた。
「ふふ。夢よ、夢。」涼は笑って加藤を見やった。

山本は大きく頷き、喉の奥で笑った。

「なるほど。ヤツは夢を見てるらしい。しかもいい夢だ。」

加藤は腕を組んだまま眠っていた。その寝顔は、にこやかで何やら楽しそうだった。


「でもね、山本さん。いくら母が遺伝子操作をされた天才だったとしても、その感情までは、どうにもできなかったのよね。一人の狂信的な科学者は一人の不幸な人間を生み出したに過ぎなかったんだよ。母も、血の繋がらない祖母も、決して幸福ではなかったんだから……。他の二人は、今、どうしているのかな。無事に大人になって家族を持ったりして、幸せに暮らしてるのかな。」涼は殺風景な病院の天井に目を泳がせた。

君は?――と聞こうとして山本は口をつぐんだ。聞いてはならないことのように思えたからだ。

「ごめん。なんか暗くなっちゃったね。えへへ。あ!さぶちゃん、危ない!!」

ガッターン!
熟睡していた加藤が、もたれていた椅子から転げ落ちた。

「痛ェ〜っ!!」
「だっ、大丈夫?さぶちゃん…。」
「ん?ん?なんだ、なんだァ?」
「よう。相棒。よく眠れたか?」山本は呆れ顔で言った。
「お、おう。で、俺、何やってたんだっけ?」
「寝てたんだよ。」涼は楽しそうに答えた。
「そうか。そうだよな。そうだった、そうだった。わははははは。」


実は加藤は、話についていけず、うっかり寝てしまった己が情けなかったのだが、この際、笑ってごまかすことにした。

「ごめんね、二人とも。こんなヘヴィーな話しちゃって。私、このこと他人に話したの初めてなの。本当は、もう何年か経ったらショウタにでも打ち明けようと思ったんだけど、アイツはもう…いないし……。私ね、このこと、一人で抱えてるの、何だか恐いし……正直言って……辛かったんだ。だから、さぶちゃんと山本さんなら――と思って。ホントにごめん。」
「謝ることはないさ。話を聞くくらいで、おまえの気持ちが楽になるんなら、全然かまわないさ。あ、このことは俺達の胸にしまっておくから心配すんなよ。」
「ありがとう。」
「そーそー!気にすんなって。なあ、山本!」
「――って、おまえ、寝てたろ?」
「るせー。俺は『ロバの耳』だからな。眠っていてもわかるんだぜ!」
「そ、それは違うぞ、カトー……。」山本が呻いた。
「だから細かいことは気にすんなって。なんか、おまえのルーツってのは小難しいみてえだけど、おまえはおまえだ。な!お?やべ!!そろそろ時間だぜ、山本。連チャン遅刻だと鬼の教官殿に殺されるからな!じゃな、涼!」
「さぶちゃん。」
「ん?」
「ありがとう。」
「なんだよ、バーカ!行くぞ、やまもっちゃん!」加藤は照れ臭そうに言った。
「誰に言ってんだよ!さぶちゃんっ!」山本は加藤の尻を蹴飛ばした。
「あ、てめ!俺のキュートなヒップにケリ入れやがって!」
「てめえのはヒップじゃねえ!ケツだケツ!!しかも蒙古斑付きのなァ!」

二人のやりとりを見て、涼はケタケタと笑った。
彼女の笑顔を見ながら加藤と山本は嬉しそうに手を振りながら部屋を出て行った。


ドアの外で加藤がぼそり、と言った。

「ガキは、ああでなきゃな。」
「ン?おまえ、今なんか言った?」
「いンや、ナンにも。」

山本は加藤の中に、普段と違う一面を見た気がした。


■ 6.遺伝子の記憶(2) 終了 ■